ヨガ哲学の内容について、私なりにご紹介しております、このシリーズ。
(ヨガ哲学については、こちら。https://www.en-yoga-2018.com/2019/01/08/honest/)
(ヨガ哲学の8支則については、こちら。https://www.en-yoga-2018.com/2019/01/09/ashtanga/)
(1つ目、アヒムサーについては、こちら。https://www.en-yoga-2018.com/2019/01/12/ahimsa/)
シャバーアーサナしてしばらくすると抜け落ちてしまうので、大急ぎです。
今日は、ヤマ(やってはいけないこと)のSATYAについて。
SATYA(サティヤ)とは、嘘をつかない、正直ということ。
これ、シンプルだけど、すっごく深い。
ヨガの本とか読んでいると、まず、「自分に正直になって嫌なことをしない」みたいなことから実践してみましょうとか、「正しい生き方を実践してみましょう」、「自分を肯定しましょう」など書いてあるんだけど。
それって、「心が望んでいないということ」に気づいてないと出来ないわけです。
私達は、子どもの頃から「すべきこと」、「あるべき姿」についての教育は受けているから、朝起きたら挨拶して、顔洗って歯を磨き、朝ごはんを食べて、学校もしくは仕事をするみたいな感じでインプットされてます。
それをやりたくな〜いと全て拒絶するのが、正直なのか?
私は、調和、中庸が必要なのかなと思います。
顔を洗って歯を磨くのは、病気になるのを予防したり、会う人に対して失礼がないようにするため。
前回書いたアヒムサ(非暴力)にも通じますよね。
それに二ヤマ(した方が良いこと)のシャウチャ(清浄)にも通じます。
よく、本には1つ1つ実践してみましょうみたいな分解して解釈したりするのですが、私は逆に全て繋がってるから浅くても良いから全部心がけてみよう💪みたいな感じでとらえてます。
①自分の心に気づく。アンテナを張る。
②それは、何だろう?と掘り下げてみる。
③これは、ヨガ哲学のこれなのかもな、でも、これもそうかもな。
この三段論法がヨガの自主練中に浮かんできました。
というのも、
脚を持ち上げて身体を浮かせてジャンプバックの練習をしてるのですが、身体がしんどくなってきて、いつもより次のアーサナに進めない。
このまま身体に鞭打って、次のアーサナに進むことは、アヒムサ(非暴力)なのか、サティヤ(正直)なのか、タパス(苦行、鍛錬を続けるというした方が良いこと)につながるのか、グルグルし出したので、練習を終えたのです(笑)
こういう気づきの積み重ねなんだろうなと最近分かってきて、この身体からのメッセージを大切にしてます。
ヨガの練習じゃなくてもそういう場面ってあると思うんです。
仕事してて、あと1つ終えてから休憩するのかとか。
お料理しててもあと一品お料理を足そうかとか。
あともう少し食べるか、残すかとか。
買い物に行きたいけど、疲れてるからネットで済ますとか。
こういう日常に落とし込んでいけるとどんどん自分と仲良くなって、気づきが増えていくんじゃないかなと思います。
これをしていくとどんな良いことがあるかといいますと、
「幸福度が増す」のです‼️‼️
やりたくなったでしょう?
ナマステ🙏
写真は、一目惚れしたインドの聖者カレンダー。
人に引かれようが、好きなんです‼️
これ、サティヤ。